講演者インタビュー



「先人の軌跡が研究の道標」
動物が感じる世界を読み解く冨菜さん

2019/9/23




[写真右が冨菜さん]



冨菜 雄介 (Yusuke Tomina)

慶應義塾大学理工学部生命情報学科 / CalTech, Division of Biology & Biological Engineering

略歴:北海道大学理学部生物科学科(生物学)卒業(2009年), 同大学院生命科学院修士号(2011年), 博士号(2014年)取得。JSPS特別研究員DC1(2011-2014年)。ポスドクとしてシンシナティ大学生物学部門(2014-2016年)に赴任。ラボ異動にともないカリフォルニア工科大学(Caltech)生物学・生物工学部門に所属(JSPS海外特別研究員, 2016-2018年)。2018年よりJSPS特別研究員PDとして慶應義塾大学理工学部に所属しながら, 現在もCaltechで研究を続けている。専門は動物生理学を基礎とした神経生物学・神経行動学で, ロブスター・ザリガニ, ヒルといった無脊椎動物を用いてきた。日本比較生理生化学会評議委員(2018-)。北海道生まれ。実家はサラブレッド生産牧場である富菜牧場を営む。



——ご両親が牧場を経営されているとのことですが、自身の進路を方向づける上でどのような影響がありましたか?

冨菜(敬称略):両親はアカデミアの出身ではなく、競走馬の繁殖をおこなう牧場を経営しており、中学生の途中までは私自身も長男として家業を継ぐつもりで——ちなみに牧場は昨年から妹が継ぐことになりましたが…(妹が牧場宣伝のtwitterをしております)——家の手伝いをしながら生活していました。とはいっても特段両親から家業を継ぐようなプレッシャーを感じたことはなく、牧場の動物たちと触れ合いながら、生き物に指向した学問を志せる家庭だったと思います。馬のからだや病気、血統についての本などが手に届く場所にあり、インターネットが普及していない頃から動物のからだについて知識を得られる環境でした。もともと子どもの頃から昆虫や恐竜などいろいろな生物について知ることが好きで、家にあった図鑑も生き物を調べるためによく眺めていましたし、ウルトラマンの怪獣や水木しげるの妖怪にも夢中になっていました(笑)また、家の外に出れば、すぐそばにある放牧地や河原、地域の海岸で変わった生き物の採集に没頭していました。


——動物が身近にいる環境で育たれたことと、現在の研究分野との接点はありますか?

冨菜:小さい頃から馬に乗ることが多かったのですが、馬が私を乗っけているときどんなことを考えているのか、素朴に思っていたことがそのひとつとして挙げられるかもしれません。馬はヒトに通じるような“感情の表現”や“賢いふるまい”を示すように感じるのですが、それがどこまでヒトと同じなのか疑問でした。たとえば、テレビの動物番組で言葉を話さない動物たちに台詞をあてて擬人化することに何ともいえない違和感を感じることがありました。中高生くらいになると動物というよりも、ヒトの心と脳の関係により深く興味をもったことから神経科学を学びたいと思っていました。大学に入ってからは一般教養の哲学の講義や関連書籍の読書、専門の生物学の講義・実習・セミナー、そして指導教員となる先生との出会いを通して、あらためて動物の行動や知覚のしくみを理解したいと思うようになりました。


——普段から動物の行動に触れてきた冨菜さんだからこそ違和感を持たれていたんでしょうね。大学での講義は研究の方向性にどう影響を与えたのでしょうか?

冨菜:入学したばかりの頃は、ヒトの認識に関連するテーマを扱った哲学に傾倒していました。特にカントの『純粋理性批判』を読み進める教養講義を早朝から最前席でかぶりつきで受けていたことを良く覚えています。一方、最新の脳科学や認知心理学の講義も面白く感じ、学部2年生くらいまでは霊長類を対象にした認知能力に関する神経科学に憧れを抱いていました。そんななかで、のちに私の指導教員になる高畑雅一先生と出会いました。高畑先生がされていた「神経生物学がどこまで哲学的な問いに踏み込めるのか」というテーマの教養講義に衝撃を受けました。この先生がどんな研究をされているのか調べると、理学部でザリガニの行動の神経生理学を長年続けられている。ヒトとかけ離れた動物を対象にした研究者がこんなに面白い人文系のテーマで講義をしている!というある種の尊敬の念を抱いたことも、いまの分野に進むきっかけのひとつですね。そのあたりから、ヒト以外の動物の神経や行動に関する専門知識を積極的に学び始めました。そして、ラボに所属してからは同じラボの先輩や近所のラボの方々との日頃からの議論や、セミナー・学会で出会った研究者と熱い議論を交わせたおかげもあり、研究に対する考え方は深まっていきました。


——人間とは大きく違う実験動物を使った研究の道に進まれた動機として、そんな裏話があったのですね。実際に人間の心や行動について、神経科学を通じて理解することは可能でしょうか。

冨菜 :研究を始めてからの実感としては、仮に脳内の全てのニューロン(神経細胞)のリアルタイムでの活動が研究の末に解析できたとしても、“心”と呼んでいるものそのものを理解するということとのあいだには何か埋められないギャップがあると感じています。それ以外の問題としても、ヒトの脳と行動というものを、分子から神経ネットワークレベルでしっかりつなげて理解することの難しさは群を抜いていると思います。医学的に重要な分子レベルでの発見が蓄積されても、神経ネットワークがどのように有機的に働いているのかは基本的に分からないままでしょう。たとえば人の脳内のニューロンだけでも1,000億個のオーダーという銀河の星の数ほどありますし、ひとつひとつのニューロンの詳細を調べるための侵襲的な方法、これは例えば脳を露出させて神経組織にダメージを与えうるような実験技術ですが、その適用は制限されます。ヒトそのものを研究対象にした場合、個々のニューロンのはたらきを行動や知覚と結びつけて定量的に解析することが尋常ではなく困難であることをご想像いただけるかと思います。現代の神経科学では、実験動物を使わなければ調べることが難しい課題だらけなのです。もちろん、その動物種で得られた知見がヒトを含めた他の動物種にも適用されるかどうか慎重に検討しないといけません。


——博士卒業までは北海道にいらして、その後アメリカのシンシナティにポスドクとして渡米されていますね。シンシナティというと正直なところあまりイメージが湧かないんですが、どんな街でしたか?

冨菜:シンシナティはオハイオ州三大都市の一角で、ケンタッキー州との州境にあるのですが、これぞ中西部という印象です。都市化したエリアと歴史的建造物が多く残るエリアを備えた面白い街なのですが、大学とダウンタウンのあいだあたりには治安の良くないスラムもありました。大学近くの比較的治安の良い地区に住んだのですが、そこでも夜中にはどこからともなく銃声が聞こえてきたり…。人種問題でキャンパスや街全体に緊張のはしる大きな出来事もいくどかありました。あと、大学生が夜中に飲んだり遊びに出歩けないと地域経済の活性化もできないためか、大学が提供するナイトライドという、アプリや電話で呼べる便利な無料タクシーがあったことも印象的です。到着した当初はコミュニティ探しに積極的ではなく、日本人以外の友人の輪ができました。2年目に入るとたまたま知り合えた日本人の方を通してUC-Tomorrowという日本人研究者コミュニティに加わって、そこで出来た親しい友人たちと——今思うと本当にお世話になりましたが——オハイオライフを楽しみました。誘惑が少なく研究に専念できてお金もたまりやすいなどなど長所は多々ありますし、良いところも悪いところも込みで住めば都だと思うのですが、個人的にはレジャーや食生活、天候や文化の多様性からくると思われる住み心地のよさに関しては、今いるカリフォルニアと比較してしまうことはあります。


——そういった日本人にあまり馴染みのない土地にはじめての長期の海外滞在で行くことに不安はありましたか?

冨菜:英会話に関しては、日常会話にはあまり自信がありませんでしたが、国際学会や北海道大学にいる留学生との研究に関する英会話はかろうじてこなしていたので、なんとかなるだろうと思っていました。もちろん不安面もありましたが、やりたい研究ができることを第一に優先していましたし、ボスであるDaniel Wagenaar氏もオランダからアメリカに留学した経験を持つ方だったので心強かったです。


——渡航先としてなぜシンシナティの研究室を選ばれたのでしょうか?

冨菜 : 少しさかのぼると、博士3年のときに応募していた国内の学振特別研究員が不採択となり、あらたにポスドク先を探す必要がありました。ポスドクとしてアメリカで働いた経験のある身近な若手の先生との相談を通して、海外の選択肢を強く意識するようになりました。その後、色々な方々にお世話になりつつ、紆余曲折を経ながら、最終的にはシンシナティ大学のWagenaar氏がポスドクを探していることを国際学会での公募情報で知り、遠隔でインタビューを受けて採用されました。当初はスカイプでのインタビューの予定でしたが、インターネットの通信不良があり、国際電話に切り替えたりと、慌ただしい面接でした(笑)


——もともと共同研究などをしていた訳ではないんですね。配属の決め手になったのはなんだったんでしょうか?

冨菜 :分野もかなり近く、使ってきた動物もお互いに無脊椎動物ということはもちろんあります。技術面でいえば、学生実験のTeaching Assistantで指導していた解剖学や生理学の実験手法についてCVに記述しており、これを面接で詳細に聞かれたのを覚えています。それと、自分自身としては生物の知覚・運動・認知について幅広く興味をもち、特にこうした現象のしくみを多数のニューロンがシナプスを介して形成されたネットワークのレベルで理解したいという動機も共有していました。また、日本の研究室で扱っていたロブスターの実験においては実験動物に合わせた専用の実験装置を高畑先生と協同で製作した経験があり、現在の研究室でも出来る限り実験装置を自作するDo It Yourself的というか、エンジニアリングな思想が強いため、そのあたり相性は良かったのだと思います。


——実験装置を自作するとなると、工学の知識も必要に応じて学ぶ必要がありますね。

冨菜 : 対象の生物毎に必要な実験装置が変わってきますので、装置の考案も実験成功の大きな要素です。Wagenaar氏は物理学の出身で、実験手法の知見を広げられると感じたことも、研究室選びの決め手となりました。実際に、ヒルの神経節ひとつまるごとに含まれる多数のニューロンの神経活動を、蛍光の強さに変換して同時に観測することができる新しい顕微鏡を用いた観測手法の立ち上げに携わることが出来ました。


——これまでロブスターやヒルなどユニークな動物を自身の研究に用いられてきたのはなぜでしょうか?

冨菜 : まず、動物の行動や知覚を対象とした神経行動学系の研究においては、実験動物選びはとても大切なことです。特に、ある行動のメカニズムを調べるためには、その行動にどのような側面があるか、たとえば開始タイミングや頻度あるいは速度や力などなど、定量的なデータとして解析できるものを把握しなければなりません。ある行動と神経活動との対応関係を調べるといったとき、その行動のどんな側面と神経活動が関連しているのかが定量的に論じることができなければ困ります。例えば、私は動物の目標指向的な行動を調べるという目的で、ロブスターを選びました。それはロブスターがはさみで貝を挟んで割り砕いて食べるという行動が、目標指向に基づいた行動として学習訓練を通じて再現可能だろうと見通しが立ったからです。はさむという行動は1回1回をカウントしやすく、はさむ力も専用のグリップセンサーで定量的に計測が可能でした。さらにロブスターでは筋肉の電気的活動も行動中に計測しやすいので、行動の開始というものを筋活動としてミリ秒単位の精度で定義できました。結果として、筋肉の電気的な活動パターンのレベルで目標指向的な行動を特徴づけることができました。


——なるほど、実験動物毎に目標としているテーマが異なるんですね。

冨菜 :テーマに応じて最適な実験動物を選択することは生理学的な研究をおこなうための鉄則のようなもので、発案者にちなんでAugust Kroghの原則とも呼ばれています。ただ、現代ではマウス・ショウジョウバエ・ゼブラフィッシュ・センチュウという標準モデル動物の四天王が君臨していて、分子生物学という遺伝子に関連する技術の使いやすさや、これまでの知見の豊富さを理由にして、多くの研究者がこうした動物を使っています。なかでもヒトと同じ哺乳類であるマウスは別格で、昨年の北米神経科学会で発表された研究では実験動物の80%ほどをマウスが占めていたと聞きます。ユニークな動物を使う研究では、マウスなどを対象にした場合はその時点での技術による正攻法戦略ではなかなか達成の難しい、いわば“ニッチ”なテーマに取り組むことが多いです。神経生物学分野でユニークな実験動物でノーベル賞を受賞した歴史的に重要な研究には、イカ、カエル、カブトガニ、アメフラシを使ったものなどがあります。いずれの場合も、ターゲットとする細胞のサイズが大きいために見分けやすかったり、その当時の技術を用いて電気信号を記録したり刺激をしやすかったり、観察対象となる生理現象の再現性が高いことが主な理由です。


——そう伺うと、ロブスターやヒルを神経系の実験に用いる必然性がわかったような気がします。生物学者を志す学生が他に意識すべきなのはどんな点でしょうか?

冨菜 : 生物学者全般のことについては言及できませんし、研究を進めていけばおのずと気がつくようにも思われるので、こうすべきというにはおこがましいですが、神経行動学的な研究を目指すことを考えるなら、まずは明らかにしたい現象を研究する上でその動物を使う必要性がどこにあるか、実務的に他の実験動物、特に標準的なモデル動物を使った方が生産的ではないだろうかなど批判的に問うて、できるだけ他の人と議論してみることでしょうか。そして動物の行動を日頃からよく観察して、どう定量化できるか、どうデータ解析できるか考えてみること。その際、ある環境条件でどのように身体を使っているのか、着目すべき点を考察しながらノートに記録する。これは本当に基本的なことなのですが、そのうえで、神経メカニズムについて考えることが始まると思います。学生に与えられる研究の多くは、先人達がすでにそうしたレベルで基礎研究をおこなっていたり、手技を確立しているので、そのような過程をすっとばしていきなり分子や細胞レベルでのメカニズム研究から入ることも少なくありません。しかし、最終的に理解したいものが動物個体の示す行動ならば、行動そのものをちゃんと観察すべきです。私の場合、ロブスターのプロジェクトに取り組むうえで、卒業研究がはじまるまえからラボに出入りして、行動の観察やパイロット実験を繰り返し、それに応じて研究方針の切り換えをおこないました。あと、得てして動物の行動は個体毎に差が大きいものなので、期待されていた結果と異なるデータが手に入ることがあります。このようなデータに疑問をもって、突き詰めることで、思わぬ成果や新しい発見が生まれるかもしれません。


——最後になりますが、本年度は日本に帰国されて研究を続けられると伺っています。これから日本で学生を指導する機会が増えると思いますが、神経生物学のような基礎研究を通じて伝えたいメッセージはありますか?

冨菜 : 分野を代表するようなコメントではなく、これが私自身の自戒も込めたことと、批判的に受け取って欲しいという断りをつけたうえであえて挙げるとするならば、自分がおこなっている研究の魅力や必要性を誰かに伝えることについてそれぞれ考えてみて欲しいです。とくに生物系ではもともと生き物そのものや実験そのものが好きな学生が多く、それが高じてマイナー動物の研究や最新の実験系を率先してやりたいという動機の学生もいます。そのモチベーションは研究に没頭するうえでも大事にしてもらいたいのですが、研究テーマの立ち位置、その実験動物や手法を使う学術的な必要性をきちんと説明できることも好きな研究を続けていくうえで重要です。いわば自分がおこなっている研究の“正当化”ともいえます。生きた動物を扱うことへの責任も忘れてはいけません。分かりやすい形での人類社会への貢献について説明することについて言えば、農学や薬学や医学、工学といったいわゆる実学的な研究に比べると、そもそも好奇心駆動タイプの研究はこれを得意としていません。研究プロジェクトの申請書を書くときなど、自分もこれについてよく悩みます。そこで、まずはその基礎研究分野が成功してきた、あるいは失敗してきた経緯や時代背景を知ってみると、なにかしらヒントがあるかもしれません。実験動物に関して言えば、メジャーでもマイナーにしても必ずその動物が実験動物として選択された歴史があります。実験技術も同じです。学部や修士の研究活動においては与えられたテーマに関する最新の論文を読んだり、実験手法を習得してから手を動かしてデータをとったりで手一杯になると思います。しかし、卒業する頃には先人達がどういった経緯でその実験動物やテーマ、実験手法の開発に至ったかの歴史やストーリーを知って、チャンスがあればその研究者本人やその流れを組んでいる人から生々しいエピソードを聞くなどして批判的に消化し、そこからヒントを得られたらラッキーですし--あるいは人から聞いたことに固執せず、鵜呑みにするくらいならいったん忘れてしまってもいいですし--とにかく自分の研究テーマの将来性についてあらためて考えながら、自分なりにその研究の魅力や意義を説明できるようになってもらえればと思います。


——真摯なお答えをありがとうございました。




<あとがき> 幼い頃に芽生えた動物の行動原理という純粋な好奇心に駆られたテーマを貫き、新しい環境に迷わず飛び込んだ冨菜さん。研究の姿勢を先人から学び、自ら実践されてきたことが丁寧な口調から伝わってきました。ありがとうございました!
(文責:藤井 洋樹)
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